脊柱管狭窄症の手術を受けようと思っている方、大阪で腰痛治療の名医をお探しの方におすすめの口コミ評判です。
ILC国際腰痛クリニックで実際に脊柱管狭窄症と診断され、Qフローレンス法を受けた方を紹介します。
80才までは毎日が絶好調だったとおっしやるH様。毎日1~2時間は歩いてお出かけをされていたそうです。
その後、突然、腰の痛みを感じることになったそうです。もう少しの間でいいので自分の足で歩きたい。妻を旅行に連れて行きたいんです。とおっしゃるH様の口コミです。
「ちょうど、2年前から徐々に右足のしびれが出てきました。かがむと痛く、歩けるのは15分程度でした。歩くと腰に痛みを感じ途中で休んでいました。その頃は、体を起こそうと思うと痛みで動けなくなっていました」
「実は、20年前に脊柱管狭窄症と診断されていましたが、お薬を飲みながら日常生活を送っていました。その頃は、痛みもなく普通に暮らしていましたね。それから、突然2年前に腰に激痛が起こるようになりました」
「そこで、ILC国際腰痛クリニックでセルゲル法を受けてみたいと思い受診しました。医師の診察の結果、セルゲル法よりQフローレンス法が良いとすすめられました」
H様は、当初、セルゲル法の治療を希望していましたが、医師に進められたQフローレンス法を受けることにしたそうです。
いつもポジティブに生きてきた明るいH様。座右の銘は、「笑う門には福来る」だそうです。いつも明るいH様ですが、今まであらゆる困難を乗り越えてこられました。
何事に対してもポジティブな気持ちで、自分が笑顔を絶やさずにいれば、周囲の人もおのずと笑顔になり、そのことで幸福・幸運が訪れてくるだろうとおっしゃいます。
「その時の恐怖心は忘れられません。今でも鮮明に覚えています。三つ子の魂100までって言うでしょ」
「それは戦時中の事です。 空襲から逃げるために、近所の女性が私を抱いて川に飛び込みんで助けてくれました。今、命があるのもその方のおかげです。不思議なご縁ってあるものですね。その方と6年前に偶然お会いすることができました」
その後、輸送機のパイロットをされていた、お父様は戦死し、お寺の経営をされている、お母様のご実家に疎開されました。大変な幼少期を過ごされたとおっしゃいます。
「私は、少しでも家の為になればと、疎開先で5才から網を持って漁師さんの手伝いをしていましたよ。その頃は食料も少なく、栄養失調になったこともありました。黒目が白くなりましたよ。2度目の命の危機ですよ。その時も奇跡的に助かりました(笑)」
「祖母も母も祈祷師でした。生活は大変でした。お寺にはいろいろな方が来るんです。お寺にはお悩み相談に来る檀家さんでいっぱいでした。小学生の自分は、物陰でそっと話しを聞いてましたね。その時から自分は幸せだ!人にはいろいろな辛いことがあるんだな。と悟りました」
「生活は大変でしたが学校は楽しくて、休んだことはなかったです。自分は次男でしたので、早く家を出なければ・・・と思っていました。昔は今と違い、長男と次男の格差がありましたので、とにかく中学を出たら、外に出で働くという風潮はありました」
「自分は、小学生の時に社会の格差を感じてましたから猛勉強しました。中学校では常に上位の成績でした。そのおかげで県でNO.1の高校に行くことも出来ました。今、思えば負けん気で頑張れたと思います」
「高校生の時、地元が国体の地方開催すると決定したんです。雪国でしたので競技人口の少ない、アイスホッケーをやってみないか?と先生に誘われたんです。挑戦してみました。その国体にアイスホッケーの選手として出場し、優勝したんです(笑)」
「父が輸送機のパイロットだったこともあり、父の後を追うようにパイロットを目指しました。飛行機に憧れもありました。夢が叶い、世界最大の旅客機のパイロットになり、世界中を飛び回りました。楽しかったですよ」
「今まで、生死をさまよう困難も、経済的な理由で辛かったこともありました。でも今は出会ったすべての人に感謝しています。Qフローレンス法の治療も、そのひとつかも知れませんね。今回、治療するにあたり出会ったすべての人に感謝したいと思っています」
Qフローレンス法の治療を受け、ちょうど2カ月です。治療は痛かったそうです。現在は、治療前より徐々に歩ける距離も長くなり、かがむと痛かったとおっしゃる腰の痛みも、少しずつ軽減されているようです。
Qフローレンス法の日帰り治療を選んだ、自分の選択は間違ってなかったとおっしゃっていました。
H様が選んだ腰痛治療が気になりますね。
Qフローレンス法は、脊柱管狭窄症の方におすすめの治療法です。
一度、ILC国際腰痛クリニックでお話しを聞いてみてはいかがでしょうか?